昔のって結構気になる その9

金語楼の番頭をしていた山崎勉氏(現・丹波プロ代表取締役)の話によると、「伊勢湾台風でスポンサーのノーシンが大被害を受け、提供を降りた」ことや、大垣氏がNET(現・テレビ朝日)に移籍したことから「おトラさん」は出演者とすっかりNETに引っ越し、34年10月30日から35年8月6日まで放送を続けて終了した。


大垣氏が移った34年3月、金語楼はすでにNETで「人情往診カバン」を劇団ユニットで出演しており、KRTの終了と土ハに「おトラさん」に番組を変更したことになる。

昔のって結構気になる その8

有崎勉のペンネームで脚本を書き、主演はもちろん、座長として演技指導も受け持った。


だが、セリフをおぼえる余裕がなく、自分で書いた台本も、ロール・テロップに書いてヵメラのわきで持たせ、それを見ながらしゃべっていました。


「映画館に行かなくても、こんな面白いものが見られるってことが第一の原因でしょう。


それに女形が主役のレギュラー番組は初めてという珍しさもあり60%を超す視聴率が出た。


"メード・ドラマ"としてアメリカの『ニューズウイーク』にまで取りあげられるほど大きな話題となった」と大垣氏は回想したそうです。

昔のって結構気になる その7

野田裕TBS編成局次長は「同年6月1日までは新橋の飛行館ホールからの生中継、金語楼主演の『大黒様のお出まし』というクイズ入り子供向けバラエティi、『おトラさん』になったのは同月8日からで、34年10月25日まで続いた」と記録に基づいて思い出してくれました。


当時プロデューサーだった岩崎文隆氏(現・国際放映顧問)は「一コマずつの漫画を劇にしましたから、チャンとした筋はありませんが、その場その場で笑える面白さを出しました。


金語楼さんは落語を長くやってましたから、どこで、どんなテを使えば笑わせられるかということを心得ており、番組の初めに落語のマクラに当たる芸を必ずふりました」と解説ました。

昔のって結構気になる その6

昔のドラマなんかを借りてきて見てたら、色々きになってきましたよv


「おトラさん」
女形の芝居が好評だった柳家金語楼は、西川辰美の漫画「おトラさん」の原作の映像化権をとりつけ、東宝の森岩雄氏に映画化の話を進めた。


だが、話し合いがうまくいかず、なんとか実現したかった金語楼は、当時KRT(現・TBS)大垣三郎プロデューサーにテレビ化を申し入れた。


五社協定で映画スターを貸してもらえなかったKRTは、早速受諾、昭和31年4月6日の夜9時30分から、30分番組として放送を開始したそうです。

昔のって結構気になる その5

昔の番組って意外と面白いですよね。

青少年幼児部の深尾治材(はるき)担当部長は、3代目と最後のディレクターを受け持ったが「野菜という身近なものを擬人化したのが新鮮だったし、声を先に録音しておいてそれに人形の動きをあわせる方法を最初に行ったが、それが逆にテンポを早くし、映像表現に新しい工夫をしたことで子供に受けた」と分析する。


昭和37年4月から15分の帯放送となって、39年4月まで558回続き終了、「チロリン会」が誕生した。


この仲間たちは41年2月から8月まで「続・チロリン村」を30回フジテレビで放送、民放での再会をまた楽しみました。


昔のって結構気になる その4

当時、生まれたキャラクターは、おなじみの「ピーナッッのピー子」(黒柳徹子.みなしごの女の子でカボチャの養女)、「タマネギのトンペイ」(横山道代、2代目島田妙子.タマネギの一人息子)、「クルミのクル子」(里見京子・クルミのガンコの孫娘)などの子供たち、村のいたずらものたちの「いたちのプースケ」(一竜斉貞鳳)、


「スカンク・ガスパ」(八波むと志)、「ハラペコ熊のペコポン」(益田キートン、はせ・さん治)、村の野菜族の「カボチャのおとっつあん」(太宰久雄、梅津栄)、「タマネギのお父さん」(川久保潔)、「ジャガイモ和尚」(左ト全)、「ニンジン・レッド」(春日俊こ・流浪のガンマン)、「駐在のニンジンさん」(由利徹)、それに「ギャング・ブラックバット」(桑山正一)、「神父・カマキリ先生」(田中明夫、高橋悦史)、「おんまのホワイト」(藤村有弘)などの面々でした。

昔のって結構気になる その3

当時、子供向け連続放送劇「やん坊・にん坊・とん坊」が当たったので、黒柳徹子、横山道代、里見京子の3人を声の出演者にし、クルミの大木がある農村を舞台にして、劇団「やまいも」(小沢鉄造.伊東万里子ら)による野菜の人形劇を書いてくれないかと、田崎ディレクターは恒松氏に脚本を発注したそうです。


当時、トウモロコシや麦畑ばかりの千葉市葛城町に住んでいた恒松氏は、その自宅周辺をモデルにして、野菜たちが「貧しくも心豊かに働き、最も楽しく平和な心で生活ができる美しい理想のペロリン村(のちにチロリン村と変わる)」(恒松氏)を作り出そうというシチュエーション・ドラマを考えました。

昔のって結構気になる その2

「チロリン村とクルミの木」は反骨精神あふれる人形劇なのです。


田崎邦男(現・NHKプロモート営業部長)元ディレクターは「昭和30年ごろは、単発か、せいぜいワンクールくらいの人形劇しかなかった。


そこで、半年以上続けられるものを考えた。


イタリア人のジャンニー・ロダーリの『チッポリーヌの冒険』を読むと、玉ネギの親子やニンジンの話。


これにヒントを得て、野菜の人形劇をやろうと思った。


動物の人形劇はいっぱいあったが、野菜のはなかったからである」と、発想の最初を思い出してくれました。

主な三要素

家賃を構成する主な三要素は、土地費用、建築費用、資本利子となるが、このうち資本利子は最も重要な位置に来ます。


土地費用は重要であると言われています。


しかし、社会住宅の場合、例えば三、四階のものを考えてみると、それは開発費も含めて総建設費の約10パーセントを占めるだけです。


土地、建物の費用は建設時のものが一定に扱われるが、資本金利は変動する。


これ以外に管理費、保全費、運営費はインフレの中で上昇の傾向にあり、家賃上昇圧力となります。


さらに建物費用も住宅改善が行われると大幅に増加する。


社会住宅ストックを考える場合、不当居住、過疎居住の二つの問題をデスクトップ仮想化する必要があります。

昔のって結構気になる その1

「チロリン村とクルミの木」好きだったな~。

でも何で覚えてるのか。再放送ですねきっと。


昭和56年5月17日午後2時「チロリン会」が都内のホテルで開かれ、脚本を約10年間書き続けた恒松恭助氏の古希のお祝いをした。


昭和31年4月16日午後6時に放送開始した「チロリン村とクルミの木」の制作者たちは25年後のいまでも友情をあたためあっていました。


「土に生まれ育った野菜、木の枝に実る果物、野菜は地のもので農民、果物は木のもので都会人。


もっといえば野菜はプロレタリア、果物はブルジョア。


でも子供の世界には対立はないというのが基本構造。


村長選で大人たちが買収をしているのを子供たちがぶちこわしたりもする。


単なる劇ではなく、実は時代に対する風刺も込めて書いたんです」と、恒松氏は熱っぽく語る。


この作者の意気込みが"チロリン"を人気番組として長い間持続させた"核"だった。


事実、恒松氏は色紙に「ちろりん村は、はるかなる心のふるさと」


と書き、"チロリン"をライフワークとして執筆、そのために幼稚園に取材して、子供たちが日常使うナマの言葉をドラマのなかに生かし、吉田茂元首相に似せた「シブガキさん」(町から来た大財閥のボス、声の出演・笠間雪雄)などを登揚させました。

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