<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<feed xmlns="http://www.w3.org/2005/Atom">
   <title>科学、研究、検証</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hotrod-accessories.com/" />
   <link rel="self" type="application/atom+xml" href="http://hotrod-accessories.com/atom.xml" />
   <id>tag:hotrod-accessories.com,2012://1</id>
   <updated>2011-10-18T16:35:14Z</updated>
   <subtitle>知らず知らずのうちに騙されてる！？</subtitle>
   <generator uri="http://www.sixapart.com/movabletype/">Movable Type 3.36</generator>

<entry>
   <title>放送　５</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hotrod-accessories.com/2011/10/post_57.html" />
   <id>tag:hotrod-accessories.com,2011://1.394</id>
   
   <published>2011-10-18T01:45:38Z</published>
   <updated>2011-10-18T16:35:14Z</updated>
   
   <summary>CATVのデジタル化は、衛星デジタル放送と同等の多チャンネル化やビデオ・オン・デ...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hotrod-accessories.com/">
      CATVのデジタル化は、衛星デジタル放送と同等の多チャンネル化やビデオ・オン・ディマンド(VOD)の実施、さらに情報提供サービス(通信サービスも含む)への事業展開など、将来のCATVの大きな飛躍のために必要な課題です。


現在の放送デジタル化の騒動は、海外のデジタル化の動きに遅れをとらないためと、多チャンネル放送の普及を前提にした議論と見てよいでしょう。


CATVを含めたデジタル化の動きは、郵政省、製造メーカー、衛星デジタル放送事業者のそれぞれの思惑にのみ終わる恐れが強いのではないでしょうか。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>放送に関して　３</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hotrod-accessories.com/2011/09/post_56.html" />
   <id>tag:hotrod-accessories.com,2011://1.393</id>
   
   <published>2011-09-18T01:45:20Z</published>
   <updated>2011-09-18T16:35:06Z</updated>
   
   <summary>CATVにとってのデジタル化の必要な時期は、視聴者が100から200チャンネルの...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hotrod-accessories.com/">
      CATVにとってのデジタル化の必要な時期は、視聴者が100から200チャンネルの放送番組を自由に選択できることにメリットを認める時、CATV網の双方向通信(情報提供も含む)が十分利用される時、TV受信機がデジタル対応となる時、と言えます。


CATVのデジタル化は、多チャンネルの普及や地上波のデジタル化、受信機のデジタル化などの動向によって自ずと決まってきます。


放送業界の競争は、放送事業者間の視聴率競争や広告宣伝収入の獲得競争でした。


しかし、デジタル化や多チャンネル化の動きで、製造メーカーや番組提供事業に新たに参入する事業者を巻き込んだ大競争時代を予感させるものでした。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>放送　３</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hotrod-accessories.com/2011/08/post_55.html" />
   <id>tag:hotrod-accessories.com,2011://1.392</id>
   
   <published>2011-08-18T01:45:09Z</published>
   <updated>2011-08-18T16:35:08Z</updated>
   
   <summary>CATVのデジタル化は、郵政省の技術審議会で一定の答申が出され、デジタルCATV...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hotrod-accessories.com/">
      CATVのデジタル化は、郵政省の技術審議会で一定の答申が出され、デジタルCATVシステムの試作は各メーカで進んでいました。


しかし、商用化はまだです。


さらには、ホーム・ターミナルとしてセットトップ・ボックスの開発が始まった段階であり、その中身も衛星デジタル放送受信機を少し改良したものがベースになる方向です。


CATVのデジタル化は多チャンネル化時代に如何に対応するかが鍵を握っていました。


現状では、杉並ケーブルテレビや鹿児島有線テレビがデジタル化への意向を示していました。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>放送　２</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hotrod-accessories.com/2011/07/post_54.html" />
   <id>tag:hotrod-accessories.com,2011://1.391</id>
   
   <published>2011-07-18T01:44:53Z</published>
   <updated>2011-08-11T16:35:07Z</updated>
   
   <summary>CATV事業は、ここ数年間、大きな飛躍を続けていました。 衛星デジタル放送の普及...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hotrod-accessories.com/">
      CATV事業は、ここ数年間、大きな飛躍を続けていました。


衛星デジタル放送の普及が、番組コンテンツの充実や有料放送の浸透などをもたらすこととなれば、CATV事業の更なる発展にも大きく貢献すると期待できます。


衛星デジタル放送や地上波のデジタル化など、放送業界では一気にデジタル化の波が押し寄せていました。


デジタル化については異論のない所ででしたが、地上波やCATV業界にとっては莫大な設備投資が必要となるため、動きは鈍いと見られていました。


      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>放送　１</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hotrod-accessories.com/2011/06/post_53.html" />
   <id>tag:hotrod-accessories.com,2011://1.390</id>
   
   <published>2011-06-18T01:44:40Z</published>
   <updated>2011-08-11T07:40:35Z</updated>
   
   <summary>CATVは、地上波などの再送信で支えられているといっても過言ではありません。 衛...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hotrod-accessories.com/">
      CATVは、地上波などの再送信で支えられているといっても過言ではありません。


衛星放送は、ペイ・パー・ビュー放送や各種の専門チャンネルなど個人の嗜好にあわせた多チャンネルを放送し、全国から広く視聴者を集めることにより普及する事業と見てよいでしょう。


一方、CATVはいわばエリア放送であり、エリア内の普及が課題です。


このため、衛星デジタル放送は、地上波TVやCATV放送に取って変わるものでなく、地上波やCATV視聴を補完する放送と見るのが妥当ではないでしょうか。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>犬のしつけ( ｀・ω・´)</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hotrod-accessories.com/2011/06/post_59.html" />
   <id>tag:hotrod-accessories.com,2011://1.396</id>
   
   <published>2011-06-06T09:12:28Z</published>
   <updated>2011-08-11T07:40:35Z</updated>
   
   <summary>「スワレ」をおぼえたら、次の展開として「マテ」を教えます。 「スワレ」、「マテ」...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hotrod-accessories.com/">
      <![CDATA[「スワレ」をおぼえたら、次の展開として「マテ」を教えます。

「スワレ」、「マテ」は訓練のかたちとしての基本ですから、しっかりマスターさせましょう。

パターンとしては

1.すわって「マテ」、2.立って「マテ」がありますが、どんな場合も静止してじっと待つことを教えます。

しっかりしつけて、<a href="http://kongo.ocnk.net/" target="_blank">無駄吠え防止</a>に備えましょう。



●すわって「マテ」の教えかた
1.犬をすわらせて対面。この時ヒモはゆるめて、首輪の近くを持ち、犬が勝手な方向に行かないようにする。

2.左手を犬の目の前に押し出し「マテ」。静止させたら、ヒモを持って犬から静かに、少し離れる。

その間わずかでもじっと待つことができたらほめてやる。

この時、犬が動いたら「イケナイ」と一戻り、一からやり直す。

動いた地点であわててやり直さず、必ずもとの位置に戻し、待つことの意味を教えるのがポイント。

ヒモつきの対面で「マテ」ができるようになったら、ヒモをはずして訓練します。

「スワレ」、「マテ」をかけ、対面したまま数メートル離れます。

再度「マテ」をかけ、わずかでもじっと待っていられたら、犬のところへ帰り、ほめてやります。

もし、動いたらもとの位置に戻してやり直します。

対面の場合と同じように、最初はヒモつきから始め、できたらヒモなしで訓練し、徐々に離れる距離を伸ばしていきます。
]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>医薬品のひとつ</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hotrod-accessories.com/2011/05/post_58.html" />
   <id>tag:hotrod-accessories.com,2011://1.395</id>
   
   <published>2011-05-12T04:30:40Z</published>
   <updated>2011-08-11T07:40:35Z</updated>
   
   <summary>ペニシリンは、第二次世界大戦中、チャーチル英首相の肺炎を2日で治したことで一躍有...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hotrod-accessories.com/">
      <![CDATA[ペニシリンは、第二次世界大戦中、チャーチル英首相の肺炎を2日で治したことで一躍有名になったものだが、戦後、DDTなどといっしょに、米軍によって日本に持ち込まれた医薬品のひとつでした。


そして、その驚異的な効き目は当時の国民に衝撃をあたえ・・・


すでに占領軍向けの生産を許可されていた森永薬品、万有製薬に加え、この年には40数社が製造に当たっています。


したがって、「ビール工場の一角で生れたペニシリン」というのも、一見、不思議な感じをあたえるが・・・


これは、当時の大日本ビール(現アサヒビールとサッポロビールの前身)の系列会社、大日本ビタミン製薬が製造したペニシリンだったからです。


この頃にはまだ<a href="http://ccc-kugenuma-beach.com/" target="_blank">初心者　サーフィンスクール</a>のようなものがなく、サーフィンをする人も少なかったようですね。
]]>
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>昔のって結構気になる　その１２</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hotrod-accessories.com/2011/05/post_51.html" />
   <id>tag:hotrod-accessories.com,2011://1.285</id>
   
   <published>2011-05-12T02:26:05Z</published>
   <updated>2011-08-11T07:40:35Z</updated>
   
   <summary>前回の続き(^o^)ﾉ ＜ こんちわー 「仕事の上ではタレントとディレクターとい...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hotrod-accessories.com/">
      前回の続き(^o^)ﾉ ＜ こんちわー


「仕事の上ではタレントとディレクターという関係でクールに割り切っていこうと話い合い&quot;センセイ、これはどうしたらいいですか？&quot;と聞くと&quot;山下君、これはこうしたらどう&quot;と答えるといった調子です。


だからずいぶん仕事には厳しいひとのように見間違えられました」


と、6歳から芸に生きた父親のユニークな生き方を懐かしんだそうです。


台所が主な舞台で、お手伝いさんが主役、しかも女主人公役を男性が演じ、原作の漫画をリードしたホームドラマ「おトラさん」にしたのは、柳家金語楼という多才な芸人が存在していたからだろうと思われます。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>昔のって結構気になる　その１１</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hotrod-accessories.com/2011/04/post_50.html" />
   <id>tag:hotrod-accessories.com,2011://1.284</id>
   
   <published>2011-04-22T02:25:53Z</published>
   <updated>2011-08-11T07:40:35Z</updated>
   
   <summary>まだまだ続きます。「おトラさん」について(^o^)ﾉ 若水ヤエ子のおヤエさん、小...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hotrod-accessories.com/">
      まだまだ続きます。「おトラさん」について(^o^)ﾉ


若水ヤエ子のおヤエさん、小桜京子のおマメさん、柳沢真一のいも長、木田三千雄のひつじさん、平凡太郎の平さん、谷村昌彦の山崎屋の御用聞き、童謡歌手だった川田孝子のお嬢さんなど、いまでも当時のレギュラーの人気タレントが眼前に浮かんでくる。


金語楼の長男・山下武氏(現・テレビ朝日教養局)は、おやじの「おトラさん」の演出を半年ほど担当しました。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>昔のって結構気になる　その１０</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hotrod-accessories.com/2011/04/post_49.html" />
   <id>tag:hotrod-accessories.com,2011://1.283</id>
   
   <published>2011-04-10T02:25:40Z</published>
   <updated>2011-08-11T07:40:36Z</updated>
   
   <summary>当時の番組で、それほど「おトラさん」の人気はものすごく、両局の間を休みなく移り変...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hotrod-accessories.com/">
      当時の番組で、それほど「おトラさん」の人気はものすごく、両局の間を休みなく移り変わったそうです。


当時金語楼のマネジャーだった白川三根子さん(現・金星プロ社長)は「『主婦の友』に連載されていた『おトラさん』をやりたかった会長(金語楼)は、自分で特製のカツラの注文をし、おトラさんに似せるよう工夫した。


まだテレビが普及していないときで、テレビ受像機を持っているウチはおトラさんのような強いばあやさんがいたので、現実感があったのではないですか」と、当時の世相と番組の人気をだぶらせています。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>昔のって結構気になる　その９</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hotrod-accessories.com/2011/03/post_48.html" />
   <id>tag:hotrod-accessories.com,2011://1.282</id>
   
   <published>2011-03-20T02:25:28Z</published>
   <updated>2011-08-11T07:40:36Z</updated>
   
   <summary>金語楼の番頭をしていた山崎勉氏(現・丹波プロ代表取締役)の話によると、「伊勢湾台...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hotrod-accessories.com/">
      金語楼の番頭をしていた山崎勉氏(現・丹波プロ代表取締役)の話によると、「伊勢湾台風でスポンサーのノーシンが大被害を受け、提供を降りた」ことや、大垣氏がNET(現・テレビ朝日)に移籍したことから「おトラさん」は出演者とすっかりNETに引っ越し、34年10月30日から35年8月6日まで放送を続けて終了した。


大垣氏が移った34年3月、金語楼はすでにNETで「人情往診カバン」を劇団ユニットで出演しており、KRTの終了と土ハに「おトラさん」に番組を変更したことになる。
      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>昔のって結構気になる　その８</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hotrod-accessories.com/2011/03/post_47.html" />
   <id>tag:hotrod-accessories.com,2011://1.281</id>
   
   <published>2011-03-06T03:25:12Z</published>
   <updated>2011-08-11T07:40:36Z</updated>
   
   <summary>有崎勉のペンネームで脚本を書き、主演はもちろん、座長として演技指導も受け持った。...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hotrod-accessories.com/">
      有崎勉のペンネームで脚本を書き、主演はもちろん、座長として演技指導も受け持った。


だが、セリフをおぼえる余裕がなく、自分で書いた台本も、ロール・テロップに書いてヵメラのわきで持たせ、それを見ながらしゃべっていました。


「映画館に行かなくても、こんな面白いものが見られるってことが第一の原因でしょう。


それに女形が主役のレギュラー番組は初めてという珍しさもあり60%を超す視聴率が出た。


&quot;メード・ドラマ&quot;としてアメリカの『ニューズウイーク』にまで取りあげられるほど大きな話題となった」と大垣氏は回想したそうです。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>昔のって結構気になる　その７</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hotrod-accessories.com/2011/02/post_46.html" />
   <id>tag:hotrod-accessories.com,2011://1.280</id>
   
   <published>2011-02-16T03:25:00Z</published>
   <updated>2011-08-11T07:40:36Z</updated>
   
   <summary>野田裕TBS編成局次長は「同年6月1日までは新橋の飛行館ホールからの生中継、金語...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hotrod-accessories.com/">
      野田裕TBS編成局次長は「同年6月1日までは新橋の飛行館ホールからの生中継、金語楼主演の『大黒様のお出まし』というクイズ入り子供向けバラエティi、『おトラさん』になったのは同月8日からで、34年10月25日まで続いた」と記録に基づいて思い出してくれました。


当時プロデューサーだった岩崎文隆氏(現・国際放映顧問)は「一コマずつの漫画を劇にしましたから、チャンとした筋はありませんが、その場その場で笑える面白さを出しました。


金語楼さんは落語を長くやってましたから、どこで、どんなテを使えば笑わせられるかということを心得ており、番組の初めに落語のマクラに当たる芸を必ずふりました」と解説ました。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>昔のって結構気になる　その６</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hotrod-accessories.com/2011/02/post_45.html" />
   <id>tag:hotrod-accessories.com,2011://1.279</id>
   
   <published>2011-02-05T03:24:48Z</published>
   <updated>2011-08-11T07:40:36Z</updated>
   
   <summary>昔のドラマなんかを借りてきて見てたら、色々きになってきましたよｖ 「おトラさん」...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hotrod-accessories.com/">
      昔のドラマなんかを借りてきて見てたら、色々きになってきましたよｖ


「おトラさん」
女形の芝居が好評だった柳家金語楼は、西川辰美の漫画「おトラさん」の原作の映像化権をとりつけ、東宝の森岩雄氏に映画化の話を進めた。


だが、話し合いがうまくいかず、なんとか実現したかった金語楼は、当時KRT(現・TBS)大垣三郎プロデューサーにテレビ化を申し入れた。


五社協定で映画スターを貸してもらえなかったKRTは、早速受諾、昭和31年4月6日の夜9時30分から、30分番組として放送を開始したそうです。

      
   </content>
</entry>
<entry>
   <title>昔のって結構気になる　その５</title>
   <link rel="alternate" type="text/html" href="http://hotrod-accessories.com/2011/01/post_44.html" />
   <id>tag:hotrod-accessories.com,2011://1.278</id>
   
   <published>2011-01-16T03:24:30Z</published>
   <updated>2011-08-11T07:40:36Z</updated>
   
   <summary>昔の番組って意外と面白いですよね。 青少年幼児部の深尾治材(はるき)担当部長は、...</summary>
   <author>
      <name></name>
      
   </author>
   
   
   <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://hotrod-accessories.com/">
      昔の番組って意外と面白いですよね。

青少年幼児部の深尾治材(はるき)担当部長は、3代目と最後のディレクターを受け持ったが「野菜という身近なものを擬人化したのが新鮮だったし、声を先に録音しておいてそれに人形の動きをあわせる方法を最初に行ったが、それが逆にテンポを早くし、映像表現に新しい工夫をしたことで子供に受けた」と分析する。


昭和37年4月から15分の帯放送となって、39年4月まで558回続き終了、「チロリン会」が誕生した。


この仲間たちは41年2月から8月まで「続・チロリン村」を30回フジテレビで放送、民放での再会をまた楽しみました。



      
   </content>
</entry>

</feed>

